Arduinoの内部分裂について

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仲が良かった頃のArduinoチーム
仲が良かった頃のArduinoチーム (写真の出典:arduino.cc)

ご存知の方も多いと思いますが、Arduinoチームが内部分裂してもめています。おおざっぱに言うと、米国のArduino LLCという会社と、イタリアのArduino SRLという会社が、それぞれ「我こそは正当なArduinoだ」「お前は偽物だ」と言って争っているのです。Arduino LLCは、元々のArduinoの開発者5人が設立した会社です。Arduino SRLは、その5人のうちのGianluca Martino氏が長く経営しArduinoの製造と全世界への販売を担ってきた会社です。現時点では、合計4件またはそれ以上の訴訟または異議申立てが係争中です。

じゃあ、どっちが正しいArduinoなのか。海外のブログとか掲示板とかでは、わりとArduino LLCの肩を持つ意見が多くて、Arduino SRLに対する罵詈雑言があふれています。しかし、いろいろと調べたり、双方の言い分を聞いていると、どちらの言い分も理解はできるし、またどちらの行動にも「やり過ぎ」と思える場面があります。どっちかが正義の味方で、どっちかが悪の化身というような、単純な話ではないのです。私たちは、当事者たちの争いに巻き込まれる事なく、冷静に成り行きを見守りたいと思います。私たちがすべき事は、どちらかの肩を持って他方に罵詈雑言を浴びせ、周りの人々に踏み絵を踏ませる事ではなく、双方に歩み寄りと和解を求める事でしょう。このままでは、どちらかが裁判に勝ったとしても、これまで培われたArduinoの文化が衰退するという結果を招きかねません。

http://makezine.com/2015/03/19/massimo-banzi-fighting-for-arduino/
Arduino LLCのMassimo Banzi氏の主張(上記ページの英文を読んで要約、読解が不正確である可能性があります):Arduinoに対する権利は5人に等分にあって、それを移転する形でArduino LLCを設立した。Arduino LLCがArduino商標を米国および全世界で商標登録しようとしたら、すでにSmart Projects SRL(Arduino SRLの以前の社名)によってイタリアで登録済みだった。とてもショックを受けてGianlucaを問い詰めたけれど、権利を返してもらえなかった。友達だと思っていたのに。Arduino SRLは基板の実装業者にすぎない。1年前くらいから、ライセンス料を払ってくれなくなった。Federico Musto氏は、最近のインタビューにおいて、当社の事を、Arduinoの非営利事業担当だとほのめかした。

http://arduino.org/blog/1-the-new-blog/to-the-makers
Arduino SRLのFederico Musto氏からMakerに宛てた公開書簡。きれいな文章ですが、ここからは同氏の主張は読み取れません。直接聞いた話と、各種記事から再構成します(不正確である可能性があります):Arduinoは、Arduino LLCとArduino SRLの2社の共同事業だった。Arduino LLCがソフトウェアを担当し、Arduino SRLが設計、製造、販売を担当した。Arduino SRLが稼ぎ、利益をArduino LLCと共有していた。あるとき、Massimoが「Arduinoの製造権を希望者に無償提供する」と言い出した。それは当社のこれまでの多大な投資と努力を無にする事だ。Arduino LLCに対しては、従来通りの取引条件を提示している。Arduinoの事業を10年にわたって継続してきたのは当社だ。

当社の立場
当社は、どちらの肩を持つものでもありません。ただ、日本国内では、Arduino商標はArduino SRLによって商標登録されています。そのため、Arduino LLCからArduinoという商標の表示された商品を輸入して日本国内で販売すると、商標法違反になってしまいます。したがって、現時点では、当社はArduino LLCの商品を販売する事はできません。もともとArduino SRL以外が製造販売してきた、Nano、Pro、Pro Mini、Fio、Micro、Arduino at Heartプログラムで作られた製品についてはどうなるのか、商標権者と話し合いを進めていきます。

ざっくばらんに
この業界に属する一企業としては、Federicoの言うMassimoの提案のように当社もArduinoと名前のつく製品を製造させてもらえるのだとしたら、それは嬉しいだろうと感じます。Massimoの見ている未来は、多分にオープンソース的です。Arduinoをもっと良い物にするための、ひとつの提案なのだと理解します。しかし、それを無償とするのだとしたら、やりすぎとも感じます(彼の実際の提案を直接に聞いたわけでは無いので仮定の話です)。製造者が乱立し、品質は低下するでしょう。共同事業だと認識してたから言われるとおりにたくさん投資して工場まで作ったのにどうしてくれるのだというFedericoの気持ちもわかります。でも、だからといって「Arduinoは当社だけ」という主張は乱暴に見えますし、これに対するMassimoの「お前は実装業者だろ」というのも乱暴です。これまで、GianlucaもFedericoも表に出てくる事はまれで、主にMassimoがスポークスマンの立場を演じてきました。Massimoの肩を持つ人が多いように見えるのは、きっとそのせいでしょう。しかし、GianlucaとFederico、あるいはその他のさまざまな人々が力を合わせる事で今のArduinoが有るのですから、Arduinoの将来をMassimoだけで決めるのも、あるいはFedericoだけで決めるのも、あまり好ましい事とは感じません。

年表

  • 2008/4 Arduino LLCが設立される。
  • 2008/12/19 Smart Projects SRLが、イタリアにてArduino商標を登録申請。
  • 2009/4/7 Arduino LLCが、USPTO※にてArduino商標を登録申請。
  • 2009/10/2 イタリアにて商標が登録される(Smart Projects SRL)。
  • 2011/8/26 イタリアでの商標登録を根拠として、日本国内にて商標が登録される(Smart Projects SRL)。
  • 2014春頃? もめ事発生
  • 2014/9 Arduino LLCが、イタリアにて、Arduino商標についてSmart Projects SRLを訴える。
  • 2014/9 Smart Projects SRLが、USPTOに、Arduino商標の登録申請。
  • 2014/10 Smart Projects SRLが、USPTOにて、Arduino LLCによるArduino商標出願を取り下げるように異議申立て。 http://ttabvue.uspto.gov/ttabvue/v?qs=77708806
  • 2014/11 Federico Musto氏がSmart Projects SRLのCEOに就任、社名をArduino SRLに変更。
  • 2014/12 GHEO SA(Arduino SRLの親会社)が、マサチューセッツ州の裁判所にて、Arduino LLCを訴える。
  • 2015/1 Arduino LLCが、マサチューセッツ州の裁判所にて、Arduino商標についてArduino SRLを訴える。 https://www.unitedstatescourts.org/federal/mad/167131/

入手できる情報から構築しました。正確性は保証できません。

※USPTO:United States Patent and Trademark Office 米国特許商標庁

注意
米国の商標法は使用主義といって、その商標を使用して商売をした実績が無ければ登録する事ができない。先に使い始めた人に権利がある。これに対して、米国以外のほとんどの国では、その商標を使用していなくても先に申請すれば登録する事ができる。この制度の違いも、事態をややこしくしている一因。

関連情報
https://mag.switch-science.com/2015/03/19/arduino-ide-1-6-1-uncertifed-board/
Arduino IDE 1.6.1で「Uncertified board」ダイアログが出る問題について

https://mag.switch-science.com/2015/04/04/the-new-arduino-ide-1-7-0-is-available/
最新版Arduino IDE 1.7.0がリリースされました

https://mag.switch-science.com/2015/04/06/the-new-arduino-ide-1-6-3-is-available/
Arduino IDE 1.6.3がリリースされました

レビューをいただきました
この記事を書くにあたって、IAMASの小林先生、オライリー・ジャパンの田村さんのレビューをいただきました。ありがとうございました。

小林先生がfacebookに書いてらっしゃったコメントを引用します。

私自身は、この記事の最初の写真に登場する5人の全てに会ったことがあります。それぞれが情熱ある素晴らしい人物で、自分たちで築いてきたArduinoという生態系に関わる人々のことを大切に思っているはずですし、今回の分裂が誰にとっても利益を産まないこともよく理解していると信じています。

Arduino Fioの共同設計者およびArduinoに関する書籍の著者、そしてArduinoを活用した教育に関わる者として、ごく近い将来にこの問題が解決することを願いつつ、冷静に成り行きを見守ることを呼びかけたいと思います。